【解説記事】なぜIBMは、Watson AIを他社クラウドに解放したのか。

IBMクラウドの方針転換

IBMのイベントThink 2019ではCEOのジニー・ロメッティの基調講演で、驚きの発表がされました。今までIBMのクラウドのみで提供していた人工知能AI(Watson)を、他社クラウドでも実行可能にすると発表したのです。

これはIBMのクラウド戦略にとって、大きな方向転換を意味します。

この報道そのものは大々的に発表されたので、ご存知の方も多いと思います。なぜIBMがそんな手を打ってきたのか、IBMが見据える狙いをきちんと解説します。

差別化機能を提供した従来のクラウド戦略

以前のWatsonのAIは、IBMのクラウドを使ってもらうための呼び水でした。

そもそもクラウドの本質は、インターネット経由で手軽にコンピュターを使うだけのもとなので、アマゾン・マイクロソフト・IBM・グーグルのどこのクラウドサービスを選んでも機能的に大きな差が出にくいものでした。

各社は差がつきにくい中でも、なんとか差別化をして自社のクラウドを選んでもらおうとクラウド上でオリジナルの機能を提供しようとしてきました。IBMにとって、その独自機能が、AIのWatsonだったのです。

そして、その独自機能であるはずのWatsonを他のクラウドでも使えるようにしたことは、明らかな方向転換です。一見するとIBMのクラウドでなくてもWatsonが使えるなら、顧客はIBMクラウドから離れていく気がします。

このIBMの狙いを読み解くためには、背景として近年のクラウドの使われ方について理解する必要があります、

マルチクラウド化する企業のシステム


出典:Amazon Captures 32% of $80 Billion Cloud Market(Statista)

さて、クラウドは皆さんご存知の通り、アマゾンのAWSが市場シェア1位で、2位のマイクロソフトAzureを突き放して、独走しています。

こうした状況が面白くなかったマイクロソフトやIBMなどの企業は、

「アマゾンAWSに何かの障害が起こったら、システムが止まって業務が続けられなくて困りますよね。」
「アマゾン1社だけに頼ったシステムを作っていると(ベンダーロックインしていると)、他社クラウドの長所を取り込むことができないですよね」

と言って、アマゾンを契約している企業に対して、自分のクラウドも併用してもらうように呼びかけました。こうしてマルチクラウドと呼ばれる2社以上のクラウドを使う状況が生まれました。

物事にはメリットと同時にデメリットもありうように、このマルチクラウドにもメリット・デメリットがあります。

マルチクラウドのメリット:

  • 各社クラウドの独自機能を良いとこ取りができる。
  • 1社クラウドがダウンしても、別のもう1社のクラウドで業務を続けられる。

マルチクラウドのデメリット:

  • 2社以上と契約するので、高コストになる。
  • 運用に倍以上の工数がかかる。特に、データが各クラウドに分散され、分析前のデータ統合が必須になる。

マルチクラウドのデータを集約する需要

さて、こうしてマイクロソフトやIBMの営業努力によってマルチクラウドが流行すると、致命的に困ったことが生じました。

現代のITではデータ分析が命と言われ、商品発注などあらゆる分野に活用されていますが、肝心のデータが各社クラウドにバラバラに存在しており、活用前にデータをどこかにまとめないことにはデータ活用ができないのです。

そこに目をつけたのが、IBMです。マルチクラウドでバラバラに蓄積されているデータを1箇所にまとめて管理し、分析に活用できる製品(製品名:IBM Cloud Private for Data:ICP4D)をリリースして、最近はこの製品の機能拡張に力を入れています。

この製品(ICP4D)はIBMクラウドでなくても、アマゾンなどの他社クラウドでも、クラウドでないマシンにも入れることができるソフトウェアです。そしてThink 2019で発表があったWatson(AI)が、他社クラウドでも使えるようにしたというのは、まさにこの製品(ICP4D)でWatsonを使えることを意味しています。

IBMの狙い:最も重要であるデータ管理を握りたいIBM

今まではIBMクラウド上でWatsonを独占的に提供していたのを、データ統合製品(ICP4D)でもWatsonが使えるようにしたところを見ると、IBMはマルチクラウド化する流れを見越し、企業のデータを集約する部分を握ろうとしていることがわかります。

今後、需要が増すデータ管理の分野でIBMが覇権を握りたい。これこそが、IBMクラウドからWatsonを解放した理由です。

データをうまく握れば、その応用であるデータ分析サービス、AIサービスもIBMのものを利用してもらえる可能性がぐっと高まります。芋づる式に製品サービスを利用してくれれば、IBMとしては狙い通りの展開です。

こうした複数クラウド製品の情報を統合することに目をつけて製品化している企業は、まだ多くありません。アクセンチュアが複数のクラウドを接続して、データを蓄えるAI HUBを2018年に発表したくらいですが、まだまだライバルは多くありません。

IBMのジニー・ロメッティCEOが言っていたように、これから企業は基幹システムなど、今まで以上に社外に出せないような重要データを扱うシステムをクラウド化する対象とする状況が増えてきます。(ジニーCEOはこの状況をクラウド第二章と呼んでいました。)

クラウド第2章では、基幹システムなどの会社の気密性が高いデータをクラウドに保存できないことが多く、社内システムとマルチクラウドでデータが点在することになります。これは、データを集約したいニーズが高まることを意味します。

クラウドで「次の金のなる木」は、このデータ集約部分だとIBMは考えているのです。


この記事は、YUTAの米国株投資ブログからの寄稿記事です。